「もし、この店を誰かに譲ることになったら、一体いくらの値がつくんだろうな。思い出はプライスレスだが、ビジネスとしての『正価』を知っておきたいんだ。」
深夜、最後の一人が帰り、静寂が戻った番台。店主は、これまでに学んだファイナンスの知識を総動員して、わが子のようにはぐくんできた「昭和の湯」の客観的な価値を算出しようとしていた。
【理論プロファイル】企業価値を測る3つのアプローチ
診断士試験において、企業価値の評価手法は大きく3つのグループに分類される。
インカム・アプローチ(DCF法など)
その会社が将来生み出すキャッシュフローを、現在の価値に割り引いて計算する方法。「将来いくら稼ぐか」に注目する。
マーケット・アプローチ(類似企業比較法など)
似たような上場企業の株価を参考に、「あそこと同じ規模ならこれくらい」と推測する方法。市場の相場に注目する。
コスト・アプローチ(時価純資産法など)
今の資産(土地や建物)を全部売却したらいくらになるか、という「清算価値」の考え方。今の「持ち物」に注目する。

試験の主役はDCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)です。 計算の本質は『将来の現金の束を、WACCで割り引く』こと。 WACCとは、銀行への利息(負債コスト)と店主の取り分(自己資本コスト)を、その比率で混ぜ合わせた『平均的なコスト』。そして、この『店主の取り分』を導き出すために、log-058で学んだCAPMをここで使います。昭和の湯の数字を使い、一連の流れをパズルのように整理してみましょう。
【実務ノウハウ】店主、昭和の湯の「WACC」と「価値」をはじき出す
店主は、昭和の湯の価値を出すための最重要パーツ「WACC(加重平均資本コスト)」の計算から取りかかった。
① WACC:軍資金にかかっている「維持費」を計算する
昭和の湯の事業資金(負債+自己資本)は、合計で2,000万円だとする。
内訳は、銀行からの借金(負債)が800万円、店主が自分で出した金(自己資本1,200万円)だ。
銀行へのコスト(負債コスト)
銀行への利息は年2%だ。しかし、前回(log-059)学んだ通り、利息は経費になるので税金が安くなる(税率30%とする)。
実質のコストは、2% × (1 – 0.3) = 1.4%
自分へのコスト(自己資本コスト)
「自分の金だからタダ」というわけにはいかない。ここで店主は、世の中の投資家たちが「株式市場全体」にどれくらいの儲けを期待しているかを整理した。
「国債などの安全な利回りが 1.4%(リスクフリーレート)。一方、リスクのある株式市場全体の期待収益率を調べると 7.4% だった。つまり、その差である 6.0%(7.4% – 1.4%) が、リスクを取るための上乗せ分、『市場のリスクプレミアム』というわけか。」
この市場のモノサシ(6.0%)を、log-058で確認した昭和の湯のリスク(ベータ 0.5)に合わせて調整する。
自己資本コスト= 1.4% + 0.5 × 6.0% = 4.4%
「市場平均のリスクプレミアムが6%あっても、俺の店はその半分(0.5)のリスクしか背負っていない安定事業。だから、俺が期待すべきリターンは 4.4% ということだな。これくらいは稼がないと、商売を続けている意味がないというハードルだ。」
この2つを、金額の重み(負債800万:自己資本1,200万 = 4:6)で「まぜまぜ」して平均を出すのがWACCだ。

「なるほど! 昭和の湯という事業を支えるための平均的なコスト(ハードル)は、年利 3.2% ということか。」
② 永続価値:将来の「現金の束」を今に呼び戻す
次に、田中さんと佐藤さんの頑張りによって、昭和の湯が毎年安定して 100万円 のキャッシュフロー(自由に使える現金)を生み出すと予測した。
「毎年100万円が永遠に届くとしたら、今の価値ではいくらだ?」
ここで、ファイナンスの魔法「永続価値」の計算(キャッシュ/WACC)を使う。

「3,125万円! 毎年3.2%稼ぐ力がある店が、毎年100万円運んでくるなら、その源泉である店自体(事業そのもの)にはこれだけの価値があるということだ。」
③ 最終的な「店主の持ち分」を計算する
しかし、この金額がそのまま店主のポケットに入るわけではない。
「この店全体の価値(事業価値)は3,125万円だが、銀行に800万円返さなきゃいけない借金がある。」

「借金を引いた残りの2,325万円。これに土地の価値を足せば、俺が守ってきた昭和の湯の本当の値段が出るんだな。意外といい値がつくじゃないか。」
【AI共創:合格へのブースト術】
DCF法とWACCの計算に慣れるために、AIを「練習問題ジェネレーター」として活用する。
- 「WACC算出の即答特訓」:AIに「負債コスト3%、自己資本コスト10%、負債比率1:1、税率30%」のような条件をランダムに出させ、WACCを1分以内に算出する。
- 「割引率が価値に与える影響」:AIに「もしWACCが3.2%から4%に上がったら、企業価値はどうなる?」と問いかけ、コストが増えると企業の価値がいかに激しく「減る」かを実感する。
財務・会計を突破する「本物の武器」
この科目は、テキストを読む時間よりも「手を動かす時間」が合否を分ける。
- これを完璧にすれば一次はいけます!リンク最優先の武器。財務は「解き方のパターン」を体に染み込ませるゲームだ。この一冊を完璧にすれば、1次試験の計算問題の大部分をカバーできる。
- これも必須。財務会計はとにかく手を動かしましょう!リンク頻出論点を網羅的に叩き込むための必携書。過去問の「出方の癖(特にCAPMからWACC、そしてDCFへ続く一連の流れ)」を知ることで、計算問題集で得た知識を本番用にチューニングする。
- 論点を確認しましょう!リンク辞書代わりに使用する。計算でつまずいた際、理論の背景を再確認するために3番手の位置づけで活用するのが効率的だ。
(独学以外の効率的な選択肢として)
- [スタディング 中小企業診断士講座]財務こそ、映像での学習が最も効果的だ。B/S や P/L の構造、キャッシュフローの動き、特にDCFの流れを図解アニメーションで見ると、テキストでは分からなかった「数字の流れ」が立体的に理解できる。
「ファイナンスを学ぶ前は、ただの『貯金の残高』しか見ていなかった。だが、文明の利器を借りて未来を読み解けば、この店が未来から運んでくる現金の輝きまで見えるようになった気がする。」
店主は、自らの「事業の価値」を算出し、納得の表情で帳簿を閉じた。しかし、ファイナンスの深淵はまだ続く。次は、不確実な未来に備えるための「先物」や「オプション」といった道具について学ぶことになる。
次回、「先物・コール・プット。将来の『恐怖』をコントロールする術」。
来月の薪の価格変動に、店主はどう立ち向かうのか。

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