【第30回:特別編】「あうんの呼吸」は絶滅危惧種。AI時代に暗黙知を放置するリスク

企業経営理論

これまで昭和の湯の店主が「お湯の温度は指先の感覚だ」と語る姿を、私たちは微笑ましく見てきた。しかし、ここらで少し冷徹な経営の現実を見てみよう。

私も国内企業で働くリーマンとして、日々切実に感じる、あまりに重要なテーマなので、特別編として語りたい。

もし、昭和の湯が海外(例えばシリコンバレー)の企業だったら? 彼らは店主の指先の感覚を「マジック」とは呼ばない。「未定義の仕様」と呼び、即座にドキュメント化を要求するだろう。

今回は、日本企業が抱える「暗黙知」の功罪と、労働力減少・AI活用という荒波を乗り越えるための「形式知化」の重要性を、少しメタな視点で語りたい。


【日欧米比較】職務記述書(ジョブ型)vs お任せ(メンバーシップ型)

なぜ日本企業はこれほどまでに「暗黙知」に依存してきたのか。それは、採用の仕組みが根本的に違うからだ。

  • 海外企業(ジョブ型): 「この椅子に座る人は、この仕事をこの手順でやる」という職務記述書(Job Description)が先にある。人はその「型」に自分を合わせる。知識は最初から「形式知」だ。
  • 国内企業(メンバーシップ型): 「いい感じの奴を雇って、あとは現場でよしなにやる」のが基本。仕事は人にくっついており、知恵は属人的な「暗黙知」として蓄積される。

診断士の視点:日本型は「柔軟な連携」ができるのが強みだったが、人が減り始めると「その人がいなくなると誰も何も分からない」という属人化の罠に陥る。


労働力減少という「残酷な算数」

「技は見て盗め」と言えるのは、後ろに「盗むための若手」が列をなして待っている時だけだ。

今、私たちが直面しているのは、若手がいないどころか、ベテランが明日定年を迎えるという現実だ。100の暗黙知を持つベテランが、形式知化を怠ったまま引退すれば、組織の知恵は100から一気に0になる。 この「知の断絶」こそが、今の日本の中小企業が抱える最大の経営リスクである。SECIモデルを回し、「表出化(暗黙知を形式知にすること)」を急ぐことは、もはや推奨事項ではなく、「倒産を回避するための義務」なのだ。


AIは「お気持ち」を学習できない

「AIを活用して業務を効率化しよう!」と叫ばれる昨今。だが、ここでも暗黙知の壁が立ちはだかる。

GeminiのようなAIモデルは、テキストやデータ、つまり「形式知」しか食べることができない。店主の「なんとなく熱い気がする」という感覚をAIに移植したくても、それを「外気温25度、湿度70%の時、設定温度を0.5度下げる」という言葉(形式知)に変換できていなければ、AIは何も学習できないのだ。

AI時代に生き残る組織とは、「自社の強みを、AIが理解できる言葉(プロンプトやデータ)に翻訳し続けられる組織」に他ならない。


2次試験で問われる「ナレッジマネジメント」の真意

2次試験(事例I)を解いていると、「ベテランと若手のコミュニケーション不足」や「ノウハウの非共有」が原因で業績が悪化している企業に何度も出会う。

そこであなたが書くべき助言は、単に「仲良くしろ」ではない。 「SECIモデルに基づき、ベテランの暗黙知を形式知化し、ITツールを用いて組織的に共有・蓄積する仕組みを構築せよ」だ。 この特別編で語った視点があれば、その一文に込める「重み」が変わってくるはずだ。


企業経営理論を突破した「本物の武器」

海外と日本の違い、AI活用の文脈を理解した上でテキストを読むと、無味乾燥な理論が輝き始めます。

  • 私はこれで合格しました! 「日本的経営の特質(終身雇用、年功序列など)」の論点と、今回のナレッジマネジメントの話をリンクさせて解いてみてください。なぜ日本でSECIモデルが生まれたのか、その背景が見えてきます。

さて、メタな特別編はここまで。 次回からは再び昭和の湯に戻り、店主が法律という名の盾と矛を手にする、人的資源管理と労働法規の泥臭い戦いが始まる。

「法律を守ってたら、商売なんてやってられねえ!」 そう吠える店主を、理論がどう救うのか。

次回、「人的資源管理と労働法規①。店主、法律の壁を知る」。 労働基準法の迷宮へ、ようこそ。

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